2002.10/21(晴)
つづく・・・きゃはははは
と、前回終わった為、こんなしょーむない書き物でも「続きを見たい」と言ってくださる方がいらっしゃる、なんてうれしい事だ。だが、この「続く」にしたのは訳があって、どちらかと言うと、永久的に「つ〜づ〜くぅ〜」にしたいというのが本音なのだ。そう、この後の事は、本当にこんな文章にして残していいのだろうか?と考えたり、また、キャンプ場でお逢いした時、皆になんて言われるだろうと考えると、かなり躊躇してしまうのである。
が、思いきって続きを書く事にする。

スーパーでワイヤーを手に入れた私は、いちもくさんで自宅へ玄関先に息子のチャリはない。「よかったまだ帰って来てなかった」。ワイヤーは、ゼンマイの大がかりなもののようになっていて、はしっこのストッパーはずすやいなや、便所の中で、がしゃがしゃがしゃ〜んとあちらの壁やこちらの壁へとあたりまくる、なんだか油もいっぱいついていて、まさにでかいゼンマイだ。その大型ゼンマイのはしを便器に入れる、ぐいっくいっぐいっ・・・あれれ?どんどんはいっていく、ぐいぐい?なんの手応えもなく、40cmほどはいったところで「こつん」と止まった。そこで、右へ左へ大型ゼンマイを揺り動かす、また、10cmほど、出したり入れたりする・・・大型ゼンマイの長さは全部で1メートル50cmほど、その内40cmほどが便器の中なので、空中には、約1メーターのゼンマイがうごかすたびに、がしゃ〜ん。がっしゃ〜ん。とあちこちの便所のまわりのタイルにあたる・・・・ちょっと、あちこちに傷がつく、けど、そんな事気にしてられない。よっしゃ、これぐらいにしといたろ、と吉本のギャグのような言葉を独り言でくちばしり、トイレのコックを手に「大」のほうへいきおいよく「じゃゃゃゃやややや〜」。あ、あ、あ、あかん、ながれへん。流れないその上に、白い便器は傷だられだ、黒い鉄の傷がいっぱいあちこちについた。ひゃ〜、あかん、これは、あかん、「ずっこんばっこん」(誰かがこう呼ぶのだとおしえてくれた)が必要だ。なんたって「ぼんてん」(誰かかこう言うと言い切った)さえあれば、ああ・・神様・・・なぜに「ラバーカップ」(また、こう呼ぶのだとも教えてくれた)が、我が家にはないのだ。じっと便器を見つめる、考える。考えたくない。考える。手を・・・・考える。考えたくない。つっこんで・・・考える。考えたくない。けど、もう何度も水を流しているし・・・考える。考えたくない。手を・・・つっこんで・・・みずから、ラバーカップしようじゃないの!おのれがぼんてんになろうじゃないの!マイずっこんばっこん右手!にチャレンジしようじゃないの・・・・と、思いたった。しかし、この時は、そんなにネーミングしらなかったので、「わたしの右手よ、ぼっこんぼっこんになぁ〜れ」なんて思ったものだ・・・ただ、素手ではちょっと・・・そこで、わたしは、右手にサランラップをぐるぐる巻きにして、その上にスーパーの袋を2重にかぶせ、手首とひじのあいだくらいのところを輪ゴムでとめた。もちろん手の先は「パー」のカタチから少しおわんを掴むようなカタチにして、できるだけ、ぼっこんぼっこんにちかしい形を右手でつくり出したのだ。こんな時、新聞の集金や、自治会の会費等集めにこられたら、何をしていたと説明すればいいのだろう・・・と、ぼんやり考えながら、ぼんてんに変身した右手を宙にかざした。もともとこの事件のほったんをつくったげろげろの猫達が不思議そうにわたしを見つめる。右手を猫達の前につきだし「どや?いけてるやろ!」と語って見た。そう、誰でもよかったんです。「うんうん、いけてる」「いけるよ、絶対!」と、このおばかな行動を肯定して欲しかったので・・・猫に見せたのだ。
冷たい目で無視をするねこ達、しかし、ぼんてん右手は活動をはじめた。
便器の中へぼんてん右手をつっこむ、ずっこんばっこんしてみる。あかん、もっと奥へいれないと、ぐぐっともどりがついてる奥へ右手をつっこむ、ずっこんばっこんいきおいよくうごかしてみる、一瞬右手が奥へはさまった「げっ」すぽっ!抜けた!やばい・・・本当にこうして、右手が抜けなくなったら、どうせーちゅーねん・・・という恐怖に絶えて、再度つっこんで見る。ずっこんばっこん、便器の外へ水が飛び散る。もーどうでもええわぁ〜!とばかりにずっこんばっこん、「?」「?」ごぼこぼこぼっっつつつずずずぅぅううっっつ!音が変わった。ひょっとして?と、コックを・・・「じゃぁぁぁあああ〜」便器の水は何もなかったように流れる。きれいだ。きれいだ。みずの流れがきれいだ。わたしは、なきそうになりながら「ありがとう」とつぶやいた。

ありがとう・・・わたしの右手。







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